ヒカ碁連載前後の棋院改革

ヒカルの碁(設定)

 少年漫画として異色とされる【ヒカルの碁】は1999年から2003年までに連載していた囲碁漫画で、囲碁のプロ対局とプロ棋士を管理し、囲碁の普及を目的とする「日本棋院」所属の棋士が監修している漫画です。

 そのため囲碁の全般的な規則やルールを忠実に再現していますが、結構独自の要素というものがあります。その中でも代表格なのが「日本棋院への在籍可能国籍の制限」で、作中では「日本人のみプロ棋士になれる」という設定がありました。

 また、連載当初は規則通りでも途中あるいは終了後に変化した要素もあります。それは日本棋院の規則だけでなく、囲碁の公式的なルールもあります。

 今回は、それらヒカルの碁の「連載当初から棋院改革がなされたことにより、作中とは違っている主な要素」を調べてみましたので解説します。

 最後まで読んでいただければ幸いです。 


コミ出し

 囲碁を含む「二人零和有限確定完全情報ゲーム」のような運の要素が介入しないボードゲームは、絶対的に先手白番が有利となります。そのため囲碁では、昭和に入った辺りから”コミ出し(通称:コミ)”という後手黒番へのハンディキャップが与えられました。

 囲碁は最終的に自陣が囲んでいた木目の数で勝敗を分けます。なので、連載当初の互先公式対局では黒番に「5目半」のハンディキャップを与えられます。なお、半目は持碁引き分けを防止する為の措置です。

 しかし、連載中にコミは「五目半」から「六目半」から黒番有利に変更されています。


大手合

 大手合は、棋士の技量を表していた「段位」を昇段させる上げるために行われる対局制度です。

 この制度では段位による実力差を公平にするために、先手後手を事前に決定したり、下手が盤に石を置いてから対局を開始する「置き碁」を行う”手合割”が採用されています。また、前述のコミを採用していない”コミなし碁”となっています。

 しかし、手合割は無くともその他の対局で補えるほどに棋戦が増え、また互先が普及した現代囲碁ではコミ無し碁は実践的ではないとされたため、大手合は2003年に廃止されました。

現在の昇段規定

 代わりに採用された昇段制度は以下になります。日本棋院HPの「昇段規定」より引用。

  1. タイトル棋戦による昇段
  2. 勝敗による昇段
  3. 賞金ランキングによる昇段

 公平な実力に調整されるため時間を掛ければ昇段できる大手合とは違い、実力主義の色が濃くなりました。

タイトル棋戦

 これは国内外問わずの棋戦で、有名どころを抑えれば飛び級で高段者七段以上になることができます。「リーグ入り」、「タイトル挑戦」、「タイトル獲得」によって昇段が成され、タイトル棋戦の序列によって得られる段位は変化します。以下に日本棋院のHPがら引用した表を記載します。

九段昇段棋聖、名人、本因坊国際棋戦優勝 王座、天元、碁聖、十段各1期1回各2期
八段昇段王座、天元、碁聖、十段棋聖、名人、本因坊国際棋戦準優勝各1期挑戦者1回
七段昇段王座、天元、碁聖、十段桐山杯、竜星棋聖、名人、本因坊挑戦者優勝リーグ入り
(棋聖はSリーグのみ)
「 国際棋戦 」対象棋戦
三星火災杯、LG杯、春蘭杯、応昌期杯、百霊杯、夢百合杯、新奥杯、ワールド碁チャンピオンシップ、国手山脈杯、天府杯

 最高段の九段は、大三冠と呼ばれる序列1~3位のタイトルの獲得、国際棋戦の優勝、大三冠を除いた七大タイトルの防衛によって昇段できます。これを達成したら最強クラスの棋士ということになりますね。

 次点の八段は、大三冠への挑戦権獲得、国際棋戦の準優勝、大三冠を除く七大タイトルの獲得によって昇段できます。次点とはいってもこれ自体は凄いことです。まあ勝利は時の運みたいなこともありますから、最強の棋士に張り合えるレベルと言えるでしょう。

 上から三番目の七段は、七大タイトルへの挑戦権、桐山杯および竜星戦の優勝、大三冠のリーグ入りによって昇段できます。挑戦権は言わずもがな、桐山杯や竜星戦は中国棋院と連携していますし、大三冠のリーグ入りも狭き門ですから、これを行えばトッププロの仲間入りということになるでしょう。

勝利数

 これも、国内外問わずの対象となる棋戦での勝利数で、段位によって昇段条件となる勝利数が異なります。

八段 → 九段200勝
七段 → 八段150勝
六段 → 七段120勝
五段 → 六段90勝
四段 → 五段70勝
三段 → 四段50勝
二段 → 三段40勝
初段 → 二段30勝

 段位が上がるごとに必要な勝利数が増えていき、対局相手も手強くなっていくので、指数関数的に昇段ペースは落ちていきます。

 ですが、これが一番無難な昇段方法になるでしょう。

 ちなみに、対象となる勝星対象棋戦は以下になります。

  • 棋聖戦(対アマチュアも含む)
  • 名人戦
  • 本因坊戦
  • 王座戦
  • 天元戦
  • 碁聖戦
  • 十段戦
  • 新人王戦
  • 竜星戦(対アマチュアも含む)
  • 桐山杯(対アマチュアも含む)
  • 広島アルミ杯
  • おかげ杯
  • SGW杯中庸戦
  • 三星火災杯(本戦のみ)
  • LG杯(本戦のみ)
  • 農心杯
  • 春蘭杯
  • 百霊杯(本戦のみ)
  • 夢百合杯(本戦のみ)
  • グロービス杯
  • 新奥杯(本戦のみ)
  • ワールド碁チャンピオンシップ
  • 国手山脈杯
  • 天府杯

賞金ランキング

 賞金ランキングは、棋戦を通じて獲得した年次の通算賞金額の中でも七大タイトルの棋戦こと「七大棋戦」の賞金額を上位者が昇段する制度で、以下の表のようになっています。

六段 → 七段1名昇段
五段 → 六段2名昇段
四段 → 五段2名昇段
三段 → 四段2名昇段
二段 → 三段2名昇段
初段 → 二段2名昇段
※初段から六段までが対象
※2.で昇段した場合は 3. 賞金ランキング上位者の対象から除く

 リーグ入りしているような高段者は含まれないので、タイトル予選を戦う棋士のみが対象になります。なので、調子の良い棋士は対象範囲から除外されていくので、狭き門ですが受賞の顔ぶれの入れ替わりは多そうです。もちろん、狭き門なのは変わりませんが。

 以上のように、現在はこの3つの昇段方法に変化しています。


プロ試験

 プロ試験こと「正棋士採用試験」もまた変更されています。連載当初の制度が調べられなかったので、ヒカルの碁で説明されていた制度を変更前として解説します。なので申し訳ないのですが、変更前は日本棋院の制度のみしか解説出来ません。

変更前

 主人公たちの所属していた東京本院では、正棋士採用枠3つと女流棋士採用枠3つがありました。

 正棋士採用枠では上位8名以外の院生と30歳以下の外来受験者の合同予選、予選により選抜された20名と院生上位8名の合計28名の総当たりのリーグ戦による本選があります。どちらも勝率を競います。また、夏季の年1回のみです。

 女流採用試験は原作では描写されなかったのであまり分かりませんが、正棋士とは違い女性棋士専用の試験で、おそらくは総当たりの勝率を競うというところは変わらないでしょう。女流は通常の棋戦には参加できないのでほぼ描写されていません。夏季試験後に秋季試験として女流採用試験があります。

正棋士採用枠合同予選/本選勝率上位20名/勝率上位3名
女流棋士採用枠合同予選/本選勝率上位20名/勝率上位3名

 また、関西棋院や中部総本部は採用人数の違いがあれど、試験方法は変わらないと思われます。ですがおそらくは外来は受験できなそうです。

変更後

 変更後の採用枠は大幅に増え、試験採用枠以外にも推薦採用枠が誕生しました。原則として採用される棋士は23歳未満となります。

 また試験採用枠では外来予選を行わない場合もあるようですが、そこの基準が分かりませんでした。おそらくは、外来受付人数が少ない場合は外来予選を行わないということだと思いますが。

正棋士採用枠

 東京本院は採用枠は変わりませんが、夏季の一度のみではなく冬季試験も追加されています。夏季採用枠は4~6月の院生研修総合1位の1人のみで、外来は対象外です。外来が参加できるのは冬季試験のみで、外来予選、合同予選、本選の三段階に分かれています。

 まず外来受験者による予選(外来予選)が行われ、外来予選の通過者と成績上位の院生による合同予選が行われます。また、院生の成績上位者の一部は合同予選を免除され、合同予選の通過者と合同予選を免除された成績上位の院生による本戦が行われます。試験方法は変更前と同様に総当たりのリーグ戦戦による勝率を競います。

 関西棋院および中部総本部も同様の形式ですが、採用枠はそれぞれ1つでとなっているようです。外来試験は行わない年があったり、リーグ戦を行わず院生研修の1位を採用したりする場合があるようです。リーグ戦を行わない年は隔年であり、2017年度から関西棋院と中部総本部で回しているようです。

 正棋士採用枠は以上の5人となります。

女流特別棋士採用枠

 こちらはほとんど変化はないと思われます。22歳以下の女性のみが参加でき、外来予選、合同予選、本選を経た総当たりのリーグ戦の勝者1名を採用します。外来予選は行わない場合もあるようです。

 なお、正棋士採用枠からプロになった女流棋士は4人しかいないようです。

外国籍特別採用枠

 ヒカルの碁の作中では、読者に関係を分かりやすくするための独自設定として「外国人は棋士になれない」というものがありました。しかし現実ではそんな差別を助長するような規則は無く普通に正棋士採用枠に応募出来ました。

 また日本の囲碁人気の低迷を受けて国際的な普及を目指し「外国籍特別採用枠」という制度が作られました。棋士採用規定には「所定の成績を収めた優秀な外国籍の日本棋院院生または院生経験者が、5-6年に1名程度の見通しで採用される」となっているようです。

女流特別採用推薦枠

 女流棋士の増加と、それによる女流棋士の強化を目的として2019年度より導入された制度です。対象は「日本棋院院生及び院生経験者で、所定の成績を収めて院生師範の推薦を受けた者」と記されているので、最低限師匠がいなくとも院生研修で高い順位を修めていれば推薦対象となりそうです。

 また、この制度の年次での採用上限は無いようで、豊作の世代では優秀な人数分だけ女流推薦枠へと適用できるようです。

英才特別採用推薦枠

 こちらも2019年度より導入された制度で、中韓に国際棋戦で置いて行かれている状況を改善するために作られたようです。日本棋院棋士採用規定では、その目的を「我が国の伝統文化である棋道の継承発展、内外への普及振興」であるとして、対象は「囲碁世界戦で優勝するなど、目標達成のために棋戦に参加し、最高レベルの教育・訓練を受けることが出来る小学生」としているようです。

 推薦者は日本棋院の棋士となっており、2名以上の推薦により”採用の候補者”となるようです。さらに候補者の実績と将来性を評価して、七大タイトル保有者及びナショナルチームの監督・コーチのうち3分の2以上の賛成を得た上で、審査会及び常務理事会を経て採用を決定するようです。

 回りくどいようですが、将来性という不透明な部分を評価するわけですから当然のことでしょう。

 特別採用枠の棋士は基本的に給与などの待遇が正棋士よりも劣る扱いを受けるようです。

 変更後のプロ棋士採用枠は以上です。こうしてみると、相当枠が増えていますね。


 以上が棋院の主な規則変更点となっています。もちろん規則以外にも、棋戦が増えたり対局料が変わったりしているようですが、今回は以上のみとしました。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 間違いや誤字脱字等、他にもある場合はコメントで教えて頂ければ幸いです。


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